2014年07月03日

●糖尿病の治療

●糖尿病の治療

概要としては以下のとおりである。

糖尿病の治療は分類、または重症度(進行度)によって異なる。

1型糖尿病においては早期から強力なインスリン治療(強化インスリン療法や持続的インスリン皮下注射)を行う

2型糖尿病に対しては様々なパターンの治療が行われる。 まずは食事療法と運動療法が行われる。これによって血糖値が正常化するならそれで問題はない。

食事療法、運動療法で血糖値が正常化しない、もしくは最初から血糖値が高くてこれらの治療だけでは不十分と考えられるなら経口血糖降下薬あるいはGLP-1受容体作動薬を使用する

経口血糖降下薬あるいはGLP-1受容体作動薬でも血糖値が正常化しないならインスリン自己注射を開始する。

ただし、経口血糖降下剤を経由せず、当初からインスリン自己注射を行うという考え方も存在する。

袖状胃切除術や十二指腸スイッチといった外科手術により、肥満や2型糖尿病を治療することもある。




●糖尿病の歴史

歴史上の人物と糖尿病

古代中世の世界では糖尿病の根本原因はわからなかった。

しかし異常な喉の渇き、異常な頻尿がみられる症状を糖尿病の症状として正しく把握していた。

糖尿病に関しての最古の記録は紀元前1550年頃のエジプトのパピルスに書かれた「尿があまりにもたくさん出る病気」という記述である。



漢方の世界では「一斗ほどの水を飲み、一斗ほどの小便をする病=消渇病」という名前が糖尿病に与えられていた。

「消渇」とは「食べ物が体内で消える・体内を通過してしまう」という意味である。


古代ギリシャでも、「まるで魚のようにいつも水が必要になる病」として糖尿病がすでにとらえられていた。



中国史においては唐代に反乱を起こした安禄山(非常な肥満体型として知られる)が反乱の最中に失明などを引き起こしたのが糖尿病によるものではないかとする説がある。


また前漢の武帝も糖尿病を患ったが、八味地黄丸などの漢方薬の投与によって治癒したとされている。



漢方薬の世界では古代から消渇病=糖尿病に対して対処治療してきた蓄積があり、八味地黄丸、牛車腎気丸などの補腎薬が糖尿病に効果があるとされている。

これはこれら補腎薬が膵臓の機能を回復させる働きをもつためである。

また田七人参や朝鮮人参なども、血液を浄化し膵臓など内臓機能を回復させるため、漢方では糖尿病に効果があるとされてきた。



日本史上では藤原道長の晩年の健康状態を記した記録(藤原実資の日記「小右記」に見られる)が糖尿病の病態と酷似しており、糖尿病の日本での最古の記録に相当するのではないかと言われている。

また、道長の一族には「飲水」と呼ばれる病気が原因で死去するものが多かったと伝えられており、詳細は不明であるが患者はしばしば水を飲用したがる病状が見られるという記録からこれを糖尿病であると考えて、藤原摂関家には糖尿病の遺伝的要因があったのではとする学者もいる。


この当時、酒の醸造技術が未熟で、酒には大量のアルコールに変化していない糖が含まれていた。

日夜宴会に明け暮れ大量の飲酒の習慣を持ち、しかも糖質中心の食事、極度の運動不足な生活をおくる貴族は常に糖尿病の危険性に晒されていた。



織田信長やJ.S.バッハ等も当時の文献に残された症状から、糖尿病だったのではないかと言われている。


ちなみに信長は肥満体型ではなかったが、かなりの甘党であった。

記録によると晩年の信長は喉渇と頻尿、さらに糖尿病由来と思われる神経痛に苦しめられていた。


エジソン、セザンヌ、バルザックなども糖尿病に罹患していた可能性が高い。

近代日本においては明治天皇が、糖尿病の悪化と併発した尿毒症で崩御したことが知られている。

明治天皇も信長と同様、肥満体型ではなかったが甘党であった。

政治家では田中角栄、大平正芳、芸能人では山城新伍、根上淳、村田英雄などが糖尿病罹患者として知られている。


以上

posted by ホーライ at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 糖尿病の治療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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